鈴木猛史のwikiプロフィール経歴に年齢身長!成績に仕事職業とソチ金メダル【北京パラリンピック/ アルペンスキー】

北京オリンピックの興奮冷めやらぬ中、オリンピックロスな感じも漂っていますが、3月4日からは北京パラリンピックが開幕します。あらゆる障がいを持ったパラアスリートが大活躍する大会です。東京パラリンピックでも多数のメダルを獲得しましたので、今回もどんな結果か楽しみになります。

そんな北京パラリンピックからチェアアルペンスキー鈴木猛史(すずきたけし)選手を取り上げてみたいと思いいます。鈴木猛史選手のプロフィールや経歴、身長、年齢、成績に職業や仕事内容、ソチパラリンピックの金メダルについて調べてみたいと思います。

目次

鈴木猛史のプロフィール・経歴・身長

https://twitter.com/Redpanda_fksm/status/1496039721402703873

生年月日:1988年5月1日
年齢:33歳(北京パラリンピック開催時)
高校:猪苗代高校
大学:駿河台大学
卒業後:駿河台大学職員⇒カヤバ工業(現KYB株式会社)

鈴木猛史選手は福島県猪苗代町出身です。小学2年生の頃に交通事故に遭われてしまい、両大腿の半分を切断するという大事故に遭ったそうです。その後は車椅子での生活を余儀なくされましたが、周囲は鈴木猛史選手を特別扱いをせずに他の人と同様の扱いをしてくれたということでした。

小学3年生の頃に運命的な出会いをします。スキー教室にてチェアスキーに出会われたそうです。鈴木猛史選手は元々から運動神経が良かったそうで、メキメキと上達されたそうです。

鈴木猛史の身長体重

鈴木猛史選手は子供の頃の不慮の交通事故に遭われてしまったことで両下肢の大腿部の半分を切断されるという大けがをされていましたので身長に関する情報は有りませんでした。

体重に関しましては北京パラリンピックに向けて、競技レベルが技術面の高度化や、今まで以上に高速化も求められるようになってきているという事を踏まえてスピードアップを狙うために、平昌パラリンピックの頃より徐々に体重を増やしてこられ、5kgの増量をされて、現在は68kgあるとの事です。

鈴木猛史の仕事や職業

鈴木猛史選手は駿河台大学卒業後の2011年には駿河台大学の職員となっていましたが、2015年に現在の職場であるカヤバ工業、現在はKYB株式会社に入社されています。

KYB株式会社は油圧の機器や油圧の緩衝器を主に扱う会社です。チェアスキーのショックアブソーバーと言われる振動を制御する部品の開発や改良もしている会社です。鈴木猛史選手KYB株式会社の広報部所属となっています。

鈴木猛史の成績実績!ソチで金メダル

2003年:アルペンスキー世界選手権銅メダル
2006年:トリノパラリンピック 男子滑降4位・男子回転12位
2010年:バンクーバーパラリンピック
    男子座位大回転銅メダル・スーパー大回転5位・男子スーパー複合5位
    男子滑降11位・男子回転15位
2014年:ソチパラリンピック 男子滑降銅メダル・男子回転金メダル・男子大回転10位
2018年:平昌パラリンピック
    男子スーパー複合4位・男子大回転4位・男子滑降9位
    男子スーパー大回転13位    

中学在学時である2003年に世界選手権に出場し銅メダルを獲得されます。トリノパラリンピックは初めての大舞台で思うような成績を残せなかったそうです。バンクーバーパラリンピックでは念願の銅メダル獲得、上を目指し挑戦したソチパラリンピックでは念願の金メダルを獲得しました。奇しくも金メダルを獲得した日は幼少期の事故に遭った、辛い日であったのがうれしい日になったと大いに喜ばれたようです。

前大会である平昌パラリンピックでは連覇を目指しましたがメダルを獲得できませんでした。今大会である北京パラリンピックではスピードアップの為に肉体改造を行い、全大会時より5kgも増量し満を持しての挑戦です。ワールドカップはコロナ禍で中止されましたが、アジアカップ2位、直前のジャパンパラアルペンスキーでは1位と肉体改造の真価を発揮しています。今大会ではソチパラリンピック以来の金メダル獲得を期待させますね。

まとめ

今回はチェアスキーソチパラリンピック金メダリストである鈴木猛史選手について色々と調べてみました。大けがをしたことで周囲が特別扱いしないものの支えてくれたことが現在の鈴木猛史選手を作ったとおっしゃられています。

今回も家族や周囲の支えで今回の北京パラリンピックも好成績を残されるよう頑張っておられます。精一杯応援していきましょう。

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