三澤拓の結婚妻嫁に障害事故!野球少年で出身地に父親母親兄弟【北京パラリンピック/ アルペンスキー】

パラアルペンスキーの三澤拓選手は、今回の北京大会で5大会連続パラリンピックの出場となります。片足スキーヤーとして知られる三澤選手。幼少期から運動神経が抜群だった彼は、様々なスポーツを経験し、アルペンスキーでは全日本障害者アルペンスキーチームの一員として活躍しています。

今回は、パラアルペンスキー界の注目選手の1人、三澤拓選手の結婚妻嫁に障害事故!野球少年で出身地に父親母親兄弟について調べてみました。

目次

三澤拓の結婚や妻情報

三澤拓選手は、自身のブログで一般女性と2019年3月末に入籍、6月末に都内にて結婚式を行ったことを報告されています。また、2021年4月7日には長男、いつく君が誕生しています。とてもかわいいですよね!

日常生活の様子はブログやインスタグラムでたびたびアップされていますよ!ブログで登場している甥っ子をとてもかわいがっていた三澤選手ですから、きっといいパパになりますね

三澤拓の障害・事故と元野球少年

三澤拓選手が事故にあったのは6歳のクリスマスの時。クリスマスプレゼントの買い物中に事故に遭い、左足の太ももから下を失ってしまいます。しかし6歳の三澤少年は悲しんだり、落ち込んだりはしなかったそうです。ただ運動が大好きだっただけに、かけっこが一番遅くなったことが一番悔しかったと語っています。

スキーと併用して水泳や野球などにも取り組んだ三澤選手は、持ち前の運動神経をいかんなく発揮。小学校の水泳大会では片足キックでクラス内で優勝し、中学では地域の野球チームの4番エースでキャプテンになるほどの大活躍をしていたそうです。

三澤拓の出身地

三澤拓選手の出身地は長野県松本市です。三澤選手の原点となったスキー場が長野県松本市奈川にある野麦峠スキー場になります。野麦峠スキー場は標高2130M、標高差730M、全長4000Mで、圧巻のダウンヒルを楽しめる国内屈指のスキー場です。

三澤選手は小学5年生の時、スキー教室で出かけた野麦峠スキー場で、ジュニアレーシングチームのコーチらから「ジュニアチームに入ってアルペンレースをしてみないか」と誘われ、それからは毎週末野麦峠に通うようになったそうです。

その後6年生の時には、野麦峠にあるペンション「若草物語」のオーナーと知り合いになり、シーズン中の週末は居候をさせてもらうようになったとのことです。野麦峠スキー場に行っていなければ、アルペンスキーヤー三澤拓選手は今存在していなかったかもしれないですね!

三澤拓の父親母親兄弟

三澤拓選手の両親の名前等については詳しいことはわかりませんでした。ちなみに彼の名前の読み方は「たく」ではなく「ひらく」と読みます。

三澤選手の名前の「拓」は、自分から進んでなんでもやって行ける人になってほしいという、両親の願いが込められた名前なのだそうです。名は体を表すとも言いますが、まさに彼にピッタリの名前ですね!

三澤選手の兄弟は姉がいることが分かりました。三澤選手のSNSでたびたび登場する甥っ子はお姉さんのお子さんのようです。また三澤選手には、自称兄弟もいます。それが長年お付き合いのあるホストファミリーの兄弟です。三澤選手がお子さん好きなのがうかがえますね!

まとめ

今回は、三澤拓選手の結婚妻嫁に障害事故!野球少年で出身地に父親母親兄弟について調べてみましたがいかがたったでしょうか。

初出場だった2006年トリノパラリンピックで5位入賞が三澤選手の最高成績となっています。前回の平昌パラリンピックではケガの影響で不本意な結果だっただけに、今回の北京ではメダルという形あるものを取りたいとコメントされています!三澤選手が5大会目にして初メダル獲得なるかにも注目ですね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次
閉じる